来週はクリスマス

クリスマス、みんなどうすごしますか?

40も半ば過ぎの野郎がクリスマスなんてネ。
まっ気分的には20代とそんなに変わらない部分もあるので
機会があればワイワイはしゃぐのも悪くないなとは思うが
そんなことにつきあってくれるような同年代も、今時はいないしね。


家族持ちは子供とすごすのが一番だし。


夫婦二人のうちではそういうこともないのでこれといったイベントも
なく軽くシャンパンを開けてほろ酔い気分だけかな。


タマ蹴り業界はクリスマスイヴ、クリスマスは稼げない特異日なので
おとなしくしているのが一番。


さてさてのんきにこの日記で過去のメールマガジンのつぶやきコラムを
再編しているうちに2009年も終わってしまう。
再編分はまだ今年の2月分がようやく終わったところだというのに。


でも慌てず騒がず、淡々と粛々とやりましょう。


【今週のひとりごと】再録

タマ蹴りドットコム メールニュース2009年2月28日号より

さてコラムシリーズは私たちの過去からの活動をふり返っています。

▲▽歴史シリーズ その4-1998〜▽▲

1997年の後半になるといよいよフットサル施設事業というものが世の中に
認知されてきはじめたのでしょうか。

バブル経済の崩壊から土地神話は地に落ち、都内含めて地価が大幅に下落し
処分しようにも大きな含み損を抱えているので処分もできない。

そんな時にそれらの土地を大きな建物を建てたりせずに有効活用できる。
将来撤去することになっても建造物は少ないのですぐに現状復帰し売却も可能。
そんな観点から少しでも固定資産税の足しになればとか、
投資少なくて結構儲かりそう。
とか言うことで参入を考えるところが増えてきたのがこのころ。

そしてもう一つ大きかったのが、前にも触れましたが
98年のフランスワールドカップへの出場を10月に日本が決めたことも
大きい要因です。

98年のワールドカップに出場を決めたこと、
その次の2002年には日本でのワールドカップ開催もすでに決まっていました。
ということは開催国で自動的に2大会は連続で出場ができるわけです。

するとこのサッカー景気は少なくとも2002年までは続くという見方も
できるわけで、若者に受けるフットサルは、サッカー人気と相まって増加するに
違いない。
そういったこともあり、新しいフットサル場のオープンがこのあと続いていきます。

98年の7月には大磯プリンスホテルのテニスコートを一部フットサルコートに
変更して4面の会場が生まれました。
ここでのオープニング企画を弊社で受注し、その後に続く定期的なイベント開催
の提案も行い、新たな会場が増えました。

そして秋になった10月にはミズノフットサルプラザ藤沢が開業。
ミズノの2店舗目です。
こちらもオープニングのカップ戦からはじまり平日のリーグ戦、週末のカップ
と定期開催をしていくようになります。

この時点で、都内2会場、神奈川3会場がレギュラー開催会場。
定期ではないですが、私の地元川崎のとどろきアリーナでのインドアイベントも
スタートしています。

そして夏には前年96年から開催が始まった恒例企画「湘南ビーチサッカー」が
3年目の開催を無事に終えています。

個人的にはフランスまでワールドカップを観に行きたいのも山々でしたが…
(というのはかつてドーハで仲間になった友人達が現地で珍道中を繰り広げているのはわかっていましたし、なにせ土地勘のあるフランスですから)

それをせずじっとガマンでいろいろみなさんのお役に立とうとやっていたら
なんとかフットサルのソフトウェアを専業で行うという形で、
メシが食えそうな、そんな状況になってきました。

95年末にはじめておそるおそる開催したリバーサイド学生フットサル大会も
98年末にははや第10回となり、2クラスで2日間の開催、72チームの参加を数える
ほどになっていました。

タマ蹴りイベント専業の会社としての形がようやく見えてきたというところ
でしょうか。あっという間の4年です。

毎年3月になると、私たちのところで永らく頑張ってくれたバイトのレフリー君達が何名か卒業し社会へ出て行きます。
自分はずっと同じことをやっていますが確実に日々が過ぎていることを実感する季節です。

4月以降の新しい仲間との出会いもまた楽しみです。